古代、日本人の身長は何センチだったのか?
わが日本人の身長は、国際的に見て「低い」範瞬に入るのであろうか。若い世代の男子の平均身長が170センチを越えたとはいうものの、世界とくらべてみると決して高いほうではなかろう。これについては、後段、世界の平均身長をくらべてみる。
身長の差がよくわかる例がある。G8サミットで記念写真を撮影する各国首脳の身長の比較だ。1975年からはじまったサミットに出席した首相は15入ほどいるが、中曽根康弘さんなどを除けば、やはりどう見ても背は低い。
最近では、戦後生まれの安倍晋三さんは、175センチ、70キロとバランスのとれた体型をしているため、写真うつりでもなかなかの存在感を発揮していたが、少し前の首相は、平均身長の低い大正や昭和も戦前生まれの方々が多かった。そこで、みなさん、押しなべて背は低かった。
あの小泉純一郎さんも169センチ、60キロという小さな体であった。軒並み180センチ以上の外国首脳にくらべ、日本の首相は160センチ台か、高くても170センチを越える程度であろうか。
能力は体の大きさとはまったく無関係だが、日本を代表して参加していると思えば、見栄えの点ではちょっと残念な気がしないでもない。
さて、ではこの日本人は、縄文の古代から背が低かったのだろうか。現代のようにデータが残っているわけではないから確かなところはわからないが、人骨の発掘などでおおよその背の高さが推測できるのだそうだ。
たとえば、身長を推定するのには大腿骨があればよい。大腿骨の最大長で計算する「ピアソンの法則」によって、ある程度の身長がわかるという。
こまかい数字は省くが、それによって縄文時代末期(約3000年前)の西九州に居住する縄文人は、男性で約161センチ、女性は約147センチ。東九州の縄文人では、男性が約158センチ、女性が約144センチとの計算が出るようだ(「骨から見た日本人の起源」季刊人類学.12巻1号)。平均では男性159.5センチ、女性145.5センチというところか。
関東各地で出土した人の大腿骨での推計では、男性が約159センチ、女性が約148センチという資料(「日本の歴史が十倍おもしろくなる」旺文社)もあるらしい。
意外と縄文人の身長が高いことに驚かされるが、弥生時代の後期(3世紀ごろ)になると、男性は160センチ(女性は不明)になり、古墳時代(4~7世紀ごろ)には男性が163センチ、女性が151.5センチと背が少しずつ高くなっている。
この調子で、奈良、平安、鎌倉、室町、戦国、江戸と時代を下るに連れ、日本人の身長が高くなっていくのだろうか。事実は予想に反してまったく違う。現代を除くと日本人の平均身長がもっとも高かったのは、この古墳時代だったというのである。